※<この記事は2016年11月28日付のタイヤ新報に掲載されたものです。

 

メモリアル企画

 

 1972年にスタートしたこのコーナーも今回で連載1300回目を迎える。そもそもこの企画は「タイヤ販売の最前線を取材するならタイヤショップを一軒、一軒回ってみては?」というメーカー広報部からのアドバイスで始まったものだった。当初は1000軒を目標としていたのが、地道に取材を重ねていくうちに、いつの間にか44年の月日が経ち、今やこのコーナーは本紙の看板企画となった。

 今回はメモリアル企画として、第1回目の連載で登場してもらった細川タイヤ工業所(現・㈱ホソカワコーポレーション)を取材した。1993年から輸入車の販売にシフトした同社は、98年には屋号を「BOND(ボンド)」と改め、国内にいくつもの支店や事業所を展開することで事業を一気に拡大した。44年前までは年商1億円だったタイヤショップは、今やグループ全体で年商73億円を誇る企業へと成長していた。

 

ホソカワコーポレーション①

お店の外観

 

バブル崩壊後の転換

 

 この大躍進の立役者は三代目・代表取締役社長の細川恵多さん(48)。細川さんが輸入車にフォーカスした事業を開始したのは今から23年前、バブルが崩壊してまだ間もない頃だった。『諸事情でお店を移転しなくてはならず、居抜きでカーディーラーの店舗を使うことになったのですが、そこにたまたまショールームがあったので「じゃあ車も売るか」ということで始めました。当時は「こんな不景気なのにバカじゃないの?」と周りから言われましたけど、お店は寝る暇もないくらいに忙しかったし、お客様からもたくさんのご支持を頂いていたので、それほど実感はありませんでした。』

 また、細川さんは新事業立ち上げの背景には「個人商店から脱却しなくてはならない」という思いもあったと話す。

『当時はメーカーの直営店やチェーンのカー用品店が台頭し始めていて「このままではだめだ。タイヤ屋さんから脱却しなくては」という思いがありました。23歳の時にドイツへ行った時、ヨーロッパのカスタマイズのセンスは日本よりずっと良かった。この感覚を日本に持ち帰れたら、と考えたんです。』

 

事業拡大の要因

 

 浦和から大宮にかけては富裕層が多く住んでいたこともあってか、 輸入車の車両・用品販売は瞬く間に人気を集めた。

『始めはお客さんとして友達を呼んだりしていたんですが、そこからどんどん口コミが広がっていきました。ル・ボランという輸入車雑誌に全面広告を毎月出すなど、いつもお客様に訴えかける気持ちでやっていました。』

 それにしてもどうして今日のような大躍進を遂げることが出来たのだろうか。細川さんは次のように語る。

『カスタマイズという専門的な要素をプラスアルファしたことが大きかったのだと思います。車の販売・整備が出来るのは当たり前で、それに付け加えて適切な用品やタイヤ・ホイールも販売出来る。当時はこうしたワンストップ型の輸入車ディーラーが意外と少なかった。そうしたところでは、タイヤ屋さんの面影をきちんと残すように心がけていました。』

 現在ボンドカーズは国内では4つの店舗を展開しており、今後も更に増やしていく予定だという。

 

タイヤ販売の拘り

 

 細川さんのタイヤに対する拘りは業態をシフトチェンジした今も変わることはない。タイヤ販売で気をつけていることを聞いてみると…

『お客さまのニーズに合ったタイヤを的確にチョイスすること。売りたいタイヤではなく、お客様が求めているタイヤを販売するようにしています。誠実な経営をしていれば、口コミで広がっていくものだと思います。タイヤは命を運んでいるし、どうしても値段だけでは語れない部分があるので、その点には気をつけるようにしています。』

 

今後の夢・目標

 

 最後に今後の目標を聞いた。

『「かっこいい」と思えなければ買ってもらえないと思うので、常に最先端の技術やデザインを取り入れて、それを組み合わせることが他社との差別化に繋がっていくのかなと。日本には必ずしも全てのグレードの輸入車が入っているわけではないので、そうした車を私たちの経験で取り扱うことで「どうしても乗りたい」というお客様の要望に応えたい。今年から来年にかけてはドイツにも事業所を設けて、部品の調達をもっとスズにする計画も進めています。車好きの方たちのニーズに応えるアンテナの感度が高い会社でありたいと思っています。』

 

ホソカワコーポレーション②

「兄は2人とも進学したので私はずっと継ぐつもりでした」と話す細川さん

 

まとめ

 

 「BOND」という屋号は、細川さんのタイヤショップでの経験が由来しているのだという。 『日本ではコニシのボンドというイメージがあると思うんですけど、ボンドには「繋ぐ」「付ける」という意味があります。タイヤ屋時代に一番お客様に言われた言葉が「これ付けて」でした。私たちの仕事はエアロパーツ、ホイール、サスペンション、何かと「付ける」ものが多い。それと引っ掛けて「お客様とくっ付きたい」という思いを込めたんです。』  細川さんは「この経営理念から波及するアイデアや作業のひとつひとつが、今まで事業を継続できている要因なのではないか」と語る。

 タイヤショップからスタートし、100名以上の従業員を抱える企業にまで成長したホソカワコーポレーション。そこにはタイヤショップ時代に培った経験と技術が今も息づいていた。(針谷)

 

店舗概要

 

▽社名…ホソカワコーポレーション ▽代表取締役…細川恵多(48) ▽店名…ボンドカーズ浦和 ▽支店…ボンドカーズ東京、ボンドカーズアリーナ、ボンドショップ大阪 ▽住所…〒338-0823 埼玉県さいたま市桜区栄和4-1-1 ▽TEL…048-851-4416 ▽FAX…048-851-4412 ▽年商…グループ全体で73億6,000万円。浦和店は15億円。 ▽販売構成…車両販売50%、タイヤ10%、ホイール10%、その他用品販売・整備で30%。 ▽創業年…1949年 ▽定休日…なし ▽営業時間…10時~20時(日曜日19時) ▽従業員数…100名(グループ全体) ▽平均年齢…32~33歳 ▽主に取り扱うブランド…ブリヂストン、横浜ゴム、コンチネンタル ▽紹介…元はタイヤショップだったが、時代の流れを先取る形で、輸入車販売に業態をシフトチェンジ。今や年商73億円、従業員100名を抱える企業へと大躍進した。車両販売の他にもパーツ販売、板金塗装、車検など、輸入車ドライバーのカーライフ全般をサポート。国内には合計で12軒のグループ店舗を展開している。